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『東京タラレバ娘』のシンボル「五輪橋」に見る 東京オリンピックの面影

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2015年8月12日
『東京タラレバ娘』のシンボル「五輪橋」に見る 東京オリンピックの面影
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文_編集部

東村アキコ作『東京タラレバ娘』(講談社)の最新刊③巻が、8月12日(水)に発売された。今年5月に②巻が発売されてからわずか3ヶ月。スピーディな刊行ペースに、その人気のほどが伺える。

8月12日(水)発売『東京タラレバ娘』③巻(講談社)

8月12日(水)発売『東京タラレバ娘』③巻(講談社)

舞台は東京・原宿。脚本家の倫子、ネイリストの香、居酒屋の一人娘小雪の3人は、「タラレバばかり言ってたらこんな歳になってしまった」という独身の33歳。気づけば2020年にオリンピック開催が決まり、その時をひとりで迎えるなんて……、と恋に仕事に奮闘する姿が描かれている。

作品の発表から瞬く間に人気が沸騰し、そのリアリティあふれる描写に、30〜40代の未婚女性からは「もはやホラー作品」という声も囁かれるほどだ。

最新刊で3人に巻き起こる試練の数々はぜひその目で確かめていただくとして、本記事では作品中に登場するひとつのシンボルを取り上げることにした。

代々木体育館への架け橋
「五輪橋」

JR原宿駅を降り代々木公園方面へ向かうと、ふたつの橋があるのがわかる。

いかにも後から付け足したような造り。

橋がふたつ並んでいるところに、当時の建設の苦心が伺える。

右は「神宮橋」。名前のとおり明治神宮へ向かうための橋で、1920年(大正9)の明治神宮造営時に架けられたもの。すでに開通していた山手線を跨ぐ形で設置された。

そして左が今回の主役「五輪橋」である。この五輪橋、『東京タラレバ娘』の作中で何度もシンボリックに登場するのですでにご存知の方も多いだろう。

倫子が五輪橋にぶつかるシーン。親柱には漢字とひらがなで名前が記されている。

倫子が五輪橋にぶつかるシーン。親柱には漢字とひらがなで名前が記されている。

五輪橋は、東京オリンピックが開催された1964年(昭和38)に、水泳のメイン会場として新設された「国立代々木競技場」への移動手段として作られた。

歩道橋から見た五輪橋。上りと下りの山手線2車線分と短い。高架下には山手線が通る。

歩道橋から見た五輪橋。上りと下りの山手線2車線分と短い。高架下には山手線が通る。

目立つのは、すべての親柱に置かれた鮮やかなブルーの地球儀。東京大会の標語「世界はひとつ」を表現したものだ。

夜になると地球儀の台座部分が点灯する。

夜になると地球儀の台座部分が点灯する。

また、親柱の脇には、亀倉雄策デザインの東京オリンピックのロゴ付きのフタが。こちらは照明の点検口になっている。

「6」のフォントの伸びが少しだけ亀倉デザインより長いような気もするが、ご愛嬌。

「6」のフォントの伸びが少しだけ亀倉デザインより長いような気もするが、ご愛嬌。

壁面にも注目してほしい。東京オリンピックの日本の主力競技、柔道、水泳、陸上競技。橋の壁にはその3つの競技が立体的に描かれている。

陸上では円谷幸吉が男子マラソンで銅メダルを獲得した。

陸上では円谷幸吉が男子マラソンで銅メダルを獲得した。

道着のシワまでくっきりと見て取れる。日本の柔道における戦跡は金メダル3つで首位であった。

道着のシワまでくっきりと見て取れる。日本の柔道における戦跡は金メダル3つで首位であった。

上部の網部分にも月桂冠があしらわれている。

上部の網部分にも月桂冠があしらわれている。

日頃じっくりと見ることがない橋の造作だが、改めて見ると細かく作り込まれているのがわかる。当時のオリンピックへの期待が伝わってくるようだ。

余談をひとつ
初めに「五輪」と呼んだのは?

ところでこの「五輪」という日本独自の呼称について、名付け親はいるのだろうか。調べてみたところ、五輪が誕生したのは戦前の1936年(昭和11)に遡る。この年に開かれた国際オリンピック委員会で、1940年(昭和15年)に東京オリンピックが開催されることが決定した。のちに太平洋戦争勃発により中止となる、幻のオリンピックである。

新聞記事はこの報を知らせることとなったが、「オリンピック」は6文字で誌面のスペースを取りやすい。読売新聞社内で整理部から相談を受けた東京本社記者・川本信正は文字数を短くしようと模索し、「五輪」と記載したのが始まりである。

川本は、オリンピックマークが5つの輪であることや、宮本武蔵の著書『五輪書』、「ごりん」と「オリン」の音が合う、などの点から五輪を起用したという。なるほど、確かに縦書きの出版物が多かった時代に、6文字と2文字の差は大きい。

1964年と2020年の架け橋
そしてタラレバ軍の未来は

普段何気なく通り過ぎる街角に、ひっそりと潜む東京オリンピックの面影。再び変わり始めた東京には、また五輪橋のような新たな公共物が生まれるのだろうか。次に五輪橋を通る際には青く光る地球儀を眺めて、1964年に思いを馳せてみたい。

奥の「コープオリンピア」は、倫子の事務所があるマンションのモデルでもある。オリンピックにちなんで命名されたが、建設はオリンピック翌年である。

奥の「コープオリンピア」は、倫子の事務所のモデルでもある。建設はオリンピック翌年とのこと。

かつての東京オリンピック前夜にも、「結婚しなければ」と苛立ちを抱えた女性たちがこの橋の上を闊歩したかもしれない。時を経て今、タラレバ軍の戦いは続いている。今日もこの原宿の街のどこかで孤軍奮闘しているに違いない。

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