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20年後の「ROCKET」、同潤会青山アパート跡地・表参道ヒルズへ帰る

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2016年2月3日
20年後の「ROCKET」、同潤会青山アパート跡地・表参道ヒルズへ帰る
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文_編集部

渋谷区神宮前のギャラリー「ROCKET」が、2016年3月18日(金)に、生誕の地・表参道ヒルズへ移転する。この報せは、かつての「ROCKET」を知る者には懐かしく響き、今の「ROCKET」を訪れたことがある者には新鮮に聞こえたに違いない。原宿と「ROCKET」、そしてこの表参道ヒルズは、かつてどのような場所だったのだろうか。

表参道ヒルズ「同潤館」

表参道ヒルズ「同潤館」

原宿には
同潤会青山アパートがあった

現在表参道ヒルズがあるその場所には、かつて共同住宅「同潤会青山アパート」が建っていた。同潤会は1923年(大正12)に起こった関東大震災に集められた義援金をもとに内務省内に創設された財団法人で、東京および横浜の各地に「同潤会アパート」の名で震災復興住宅を建設した。

かつての同潤会アパート(昭和初期に撮影)

かつての同潤会アパート(昭和初期に撮影)

このうち青山アパートは、1926年(大正15)から1927年(昭和2)にかけて建設された。表参道の東側に3階建て10棟の鉄筋コンクリート造りの建物が並ぶ様は壮観で、瞬く間に観光名所になったという。

戦時中の空襲にも、青山アパートは焼け残り、震災復興住宅としての耐震耐火構造を証明した形となった。同潤会は1941年(昭和16)に住宅営団に業務を移管してその役目を終えた。終戦後、青山アパートの管理は一時東京都が譲り受けたが、のちに住民に払い下げられた。

GHQが残したワシントンハイツはオリンピック選手村(現・代々木体育館)へと変わり、原宿は次第にファッションや文化の発信地へと変容を始める。1970年代にはセントラルアパート(現・東急プラザ表参道原宿)が誕生し、まるでトキワ荘のようにクリエイターがひしめき合うようになった。1980年代に入ると、歩行者天国では竹の子族が踊り、千駄ヶ谷小学校にほど近いディスコ「ピテカントロプス・エレクトス」には東京初のクラブが誕生した。

こうした変化のうねりに呼応するように、青山アパートでもギャラリーやアパレルショップなどの商用利用が進んだのである。

 

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