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〈今日は何の日?〉文明開化の東京に馬車専用道路が誕生した日ー1874年「京橋ー新橋間に馬車と人力車の専用道路が完成」

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2016年1月5日
〈今日は何の日?〉文明開化の東京に馬車専用道路が誕生した日ー1874年「京橋ー新橋間に馬車と人力車の専用道路が完成」
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文_編集部

政治、芸能、事件、スポーツなど、いつかの東京で起こった”その日”の出来事をご紹介。今日は何の日?

1874年1月5日、京橋ー新橋間に馬車と人力車のみ走行できる専用道路が完成した。

明治期に入るまで日本に馬車は存在しなかった。移動は徒歩か駕籠(かご)であり、牛車の使用も大都市に限られていた。これは大規模輸送の実現により、車夫らの失業率が増えることを恐れた江戸幕府が意図的に禁止していたものだが、開国の翌年1869年(明治2)に東京ー横浜間を乗合馬車が走るようになると、日本中に馬車が広まった。

明治時代の馬車(作・歌川芳虎)

明治時代の馬車(作・歌川芳虎)

1874年(明治7)、京橋ー新橋間に馬車と人力車の専用道路が完成。同年に誕生したのが二階建ての乗合馬車を走らせる馬車会社「千里軒」だった。創業者は和歌山出身の由良守応。岩倉具視使節団とともに訪れたイギリスでこの二階建ての乗合馬車、オムンボスを見た由良は、東京でもこの馬車を走らせたいと考えたのである。

御者に美男子を採用し、歌舞伎の演目に馬車が絡む物語を提案するなど、乗合馬車の普及に努めた由良であったが、競合の馬車会社が増えたことから、1880年(明治13)に東京での営業を終了する。のち1882年(明治15)には「東京馬車鉄道」が誕生した。

やがて明治後期になると鉄道の動力は馬から電気へ移行する。馬車が東京の人々の主たる移動手段だった時期は、明治初期から中期にかけてと極めて短いのである。専用道路は東京全土で整備されておらず、車道と歩道の区別がない場所での事故も多く、道には馬糞が散らかり不衛生だったという馬車。しかし文明開化に沸く東京で、人々の移動を容易にし、多くの好奇心を運んだその功績は大きい。

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