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〈今日は何の日?〉賜杯を賜るために法人化ー1925年「財団法人大日本相撲協会設立日」

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2015年12月28日
〈今日は何の日?〉賜杯を賜るために法人化ー1925年「財団法人大日本相撲協会設立日」
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文_編集部

政治、芸能、事件、スポーツなど、いつかの東京で起こった”その日”の出来事をご紹介。今日は何の日?

1925年12月25日、東京市本所区(現・墨田区)に財団法人大日本相撲協会が誕生した。現在の日本相撲協会の前身となる団体である。

相撲の歴史は長い。古くは古事記に遡り、五穀豊穣や天下太平を祈願した神事として行われてきた。現代の大相撲は興業的なエンターテイメントの要素が強いが、相撲を行ううえで重要な所作でもある”四股”は、本来地面を踏みしめることで邪気を払い、土地を清める儀式のひとつでもある。

あああ

当時の両国国技館は現在の回向院近くにあったが、東京大空襲で焼失したため一度台東区蔵前へ移り、1984年に現在の墨田区横網に完成した。

興業としての大相撲の形が整えられたのは江戸時代で、明治に入ると東京大角力協会と大阪大角力協会が形成され、職業としての力士が誕生するようになった。また、1909年(明治42)に本所区に両国国技館が完成すると、それまで寺社で行われることが多かった相撲に常設の会場ができることとなった。東西制の優勝制度も取り入れられ、現代の形に近い大相撲の形が整ったのである。

そして大正時代。1925年(大正12)4月、当時の皇太子であった摂政宮裕仁親王(のちの昭和天皇)の誕生日を祝った祝賀相撲が行われ、その御下賜金を使って「摂政宮賜杯」を作ることになった。「摂政宮賜杯」とは、今日まで続く天皇賜杯である。これを受け取る団体が単なる一興業主というわけにはいかないと、東京と大阪の両大角力協会が手を結び、財団法人の申請を出すことになった。

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菊花紋章が輝く日本相撲協会の賜杯。柔道やサッカーなどでは天皇杯と呼ばれるが、大相撲では賜杯と呼ぶのが一般的だ。(PHOTO BY FourTildes

こうして、文部大臣からぶじ認可が下りたのが12月28日だった。一説には、相撲という公益性のない団体が許可をとるのは難しいのではと考え、年末ギリギリに申請を出したという話もある。なお最初に賜杯を手にしたのは、翌年の1月場所で優勝した31代横綱の常ノ花だった。

当時の名称は「財団法人大日本相撲協会」。現在の協会は2014年に公益財団法人の認可を受け、「公益財団法人日本相撲協会」となっている

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