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日本一のソープ街・吉原発のブランドが見据える5年後の吉原:〈新吉原〉デザイナー・岡野弥生インタビュー

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日本一のソープ街・吉原発のブランドが見据える5年後の吉原:〈新吉原〉デザイナー・岡野弥生インタビュー
FEATURE
東京で起こっているハイパーローカルな動向を独自取材し、特集形式でお届け。
2015年8月25日
日本一のソープ街・吉原発のブランドが見据える5年後の吉原:〈新吉原〉デザイナー・岡野弥生インタビュー
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写真_松本昇大/取材・文_編集部/取材協力_デンキュー

日本一のソープ街として知られる浅草の歓楽街「吉原」。江戸時代の吉原遊郭から連綿と続くこの街の艶やかな歴史を、「土産物」に落とし込んだブランドが誕生し、密かに話題を呼んでいる。その名は〈新吉原〉。謎のベールに包まれたこのブランドの成り立ちを、吉原出身の女性デザイナー・岡野弥生に訊いた。

〈新吉原〉デザイナーの岡野弥生。〈新吉原〉のアイテムが展示されている浅草のバー「デンキュー」にて。

〈新吉原〉デザイナーの岡野弥生。〈新吉原〉のアイテムが展示されている浅草のバー「デンキュー」にて。

吉原生まれ、吉原育ち
女性デザイナーが手掛ける“粋な江戸土産”

──〈新吉原〉はどういった経緯で立ち上げられたのでしょうか。

私は生まれも育ちも吉原で、今も吉原に住んでいるのですが、私が小さい頃に比べると、ソープ街のキラキラとしたネオンや煌びやかな雰囲気っていうのは寂れてきてしまっていて。それがすごくもったいないなあと思っていて、何か自分の地元でできることはないかと考えるようになったんです。

ただ、カフェやお店を作って女性を呼べるような場所でもないし、逆に男性は「吉原に行ってきた」と公言しづらい(笑)。といった時に、吉原をイメージしたデザインでお土産品を作れば、少しは吉原のことを知ってもらうきっかけにもなるかも、と思って。

──「吉原のことをもっと知ってほしい」と思う理由は何でしょうか。

吉原に住んでいるっていうことをずっと負い目に感じてたんですよね。あまり行ってはいけないエリアなのかなって。小さい頃は、同級生がソープ街のそばに住んでたりして通ることもあったので、やっぱり特殊なところだとは感じていて。

ただ、大人になるにつれていろいろ知ると、そこで生まれ育ったということを強みにしたほうがいいのかもって思い始めたんですよね。みんな面白がってくれますし。だいたい、ほとんどの人が〈新吉原〉をやっているのが男だと思ってますから(笑)。

やっぱり私が女で、自分自身でこういうブランドをやってるっていう部分に興味を持ってくれる方もいますし、会ってビックリされることもある。まあ、それはギャップとしてアリかなって(笑)。

──ブランドを始めるまではどんなお仕事をされていたんでしょうか。

20代から30代前半までは、いくつかの出版社で女性誌の編集をしていました。30歳を過ぎてから体力的にも少ししんどくなってきてましたし、自分がそれまで雑誌の世界でしか生きてこなかったので、サービス業も経験してみたいなと思って。それで、編集の仕事をスパッと辞めて、それからは大手のホテルでレジ打ちからウェイトレス、シェフのアシスタントまで、一通りやりましたね。

その後、地元の老舗の糸屋さんを手伝いながら、ちょうど1年前にブランドを立ち上げました。ブランドをやるっていうと、ほとんどは20代のうちに始めるんでしょうけど、私は30代半ばにしてやっとスタート。ずっと考えてはいたことですけど、どう形にしていいか分からなかったし、なんやかんやで時間は掛かってしまいましたね。

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炎天下に包まれた吉原の日中。客引きや送迎用のタクシーの姿も。

炎天下に包まれた日中の吉原。客引きや送迎用のタクシーの姿も。

──吉原にはご両親の代からお住まいで?

曾祖父の代からここに住んでます。ただ「吉原」という地名はないので、住所でいうと千束3丁目と4丁目のことを指します。家族はほとんど公務員で、父親も祖父も警察官(笑)。母は学校の先生でしたから、かなりお堅い家族で。

──吉原の平和と秩序も保たれますね。

まあでも、ヤ◯ザと警察も紙一重だって、よく言われますけどね。同級生にもそういう家柄の息子さんが何人かいましたし、実際、私自身もそういう子たちと仲良くて。「◯◯君のお父さん、親分系だよね」みたいなことをよく言ってましたし(笑)。

──小学生の頃なんか、家の近所を探検するのが醍醐味だったりするじゃないですか。

親にこの辺りがどういう場所か、なんて説明は受けた憶えはないですね。なんとなく生活の中で感じ取るというか。ソープ街の方に行くと、同級生が呼び込みのお兄さんたちと仲良くなったりしてて、「お水ちょうだい!」ってビルの中に入って行くんですよ。そういうことが普通でもあったし、すごく羨ましくも思ったりして。

──そういう子供の頃の記憶が〈新吉原〉の軸を作っていると。

高校を卒業して、1年半だけロンドンに留学してましたけど、戻ってきてもやはりここ(吉原)に住んでますからね。どれだけ地元が好きなんだ、と(笑)。

やっぱり編集者をやっていた頃なんか、同僚や先輩たちはみんな青山、中目黒、麻布みたいなところでご飯を食べたり、遊んだりするのが当たり前。「弥生ちゃんの家、遠いよね」みたいな扱いを受けてたんですけど、私の家もずっと東京なんだけどなあと思ってて(笑)。最近はようやく東東京が認知されてきた部分もありますけど、逆に若い人なんかは、男性でも吉原って場所を知らなかったりするし。

──というと?

吉原って場所がどういうところか知らないんですよ。位置関係はもちろんですけど、この街のバックボーンも歴史も知らないというか。それこそ映画や本だけの世界だと思ってるんじゃないでしょうか。そんな場所があったのかって。自分が生まれ育った街でもあるし、それはちょっと嫌だなって気持ちもありますよ。

──〈新吉原〉には、吉原の過去の歴史を伝えたいという意図もありますか。

吉原自体は江戸時代の遊郭から現代のソープに至るまで歴史がありますけど、〈新吉原〉では特定の時代をピックアップするということは考えてません。今のラインナップだと、分かりやすく江戸時代のモチーフを使ってるものが多いですけど、もともとは浴場ってこともありますし、より銭湯との関係を築いていきたいなということは考えてます。直近では、墨田区の石鹸メーカーと組んで石鹸を作ろう、とか。単純に、今の人たちに吉原の存在を知ってもらいたいというところが大きいですね。

──ローカルのメーカーや施設とコラボレーションしたりということも、積極的にやっていきたいと考えてますか。

もちろんです。今は北品川にある日本一の黒湯で有名な天神湯さんとダブルネームの手ぬぐいを展開しています。若い兄弟で経営されていて、私の活動を面白がってくれて声を掛けてくれたんです。

──北品川と吉原というと、何か因縁めいたものを感じますね。江戸時代の二大遊里が現代でコラボレーションとは。

何かご縁があったのでしょうね。元々展開していたデザインをベースに、銭湯のロゴを入れたりした、天神湯限定アイテムです。最初のコラボレーションが銭湯で良かったです。

 

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