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野方のコーヒースタンドは祭りでなく日常を目指す:〈DAILY COFFEE STAND〉店長・小川優インタビュー

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野方のコーヒースタンドは祭りでなく日常を目指す:〈DAILY COFFEE STAND〉店長・小川優インタビュー
FEATURE
東京で起こっているハイパーローカルな動向を独自取材し、特集形式でお届け。
2016年7月29日
野方のコーヒースタンドは祭りでなく日常を目指す:〈DAILY COFFEE STAND〉店長・小川優インタビュー
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写真_下屋敷和文、協力_武田俊、文_飯田ネオ

この6月、中野区の野方駅のほど近くに新しいコーヒースタンドがオープンした。名前を〈DAILY COFFEE STAND〉という。

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喫茶店はあるが、カジュアルなコーヒーショップはなかなか見当たらない野方駅周辺。そこに、気軽にコーヒーが飲める新しい店が誕生したのである。店頭に立つのは、野方生まれ野方育ちの小川優さん。彼は“普段使いできるように”との気持ちを込めて、店名に「デイリー」の文字を掲げた。オープンから数日経った店を訪ねると、そこは老若男女が集う憩いの場になっていた。

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おばちゃんたちの社交場が
マクドナルドだった

──小川さんは、〈DAILY COFFEE STAND〉を始める前はどういうお仕事をされていたのでしょうか?

広告代理店でウェブの仕事をしていました。新卒で入って、社内ディレクション業務を担当していました。でも、体調を崩したこともあって1年で辞めたんです。

──ひとり暮らしから実家に戻られたんですか?

いえ、僕はそのときも実家住まいで、ずっとこの野方の街に住んでいたんです。会社を辞めることになって、そのタイミングで改めてこれからどうしようかなって考えたときに、なんとなく「あ、これは自分の店を持つのかな?」って思ったんです。

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──広告業界からコーヒー業界への転身というのはあまり聞かないですよね。昔からお店をやりたいという気持ちはあったのでしょうか。

興味はありましたね。それで体調を崩して休んでいる時、久しぶりにずっと地元にいる時間ができて、街をじっくり眺めたんです。そうやって見てみると、当時の野方にはファミレスもなくて、おばちゃんたちの社交場がマクドナルドだった。それはなんだか寂しいなあと。それなら、地元の人が使えるカフェをつくろうと思い立ったんです。

──街にヒントがあったんですね。そこからすぐに立ち上げを考えたんですか?

いえ、コーヒーは好きでしたけど、仕事として飲食に携わったことはありませんでした。なので、まずは仕事を覚えようと、高円寺の「here we are marble!」でバイトを始めました。高円寺のカフェブームの火付け役でもある老舗です。そこで働いている時に、義理の兄から「岡山で店を出すから立ち上げを一緒にやらないか?」と誘われて、2年半ほど岡山県の宇野というところで「bollard」というコーヒーと生活用品のお店を手伝いました。そこでコーヒーの基礎を教わったんです。

もともと、立ち上げとは言われたものの具体的に何をやるかは聞いていなくて、突然「じゃあコーヒー担当ね」って言われたんです。それでゴリゴリ勉強しだしたらこうなったんですよ。

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岡山での交流で
人との距離感が変わった

──高円寺ではカフェの仕事全般を覚えて、岡山ではさらに専門的にコーヒーの知識を身につけて東京に戻ったんですね。

そうです。そして戻ってきたら、ちょっと野方の景色が違って見えたんですよ。昔はすごくつまらないところだなと思ってたんです。商店街がいっぱいあって便利だけど、特に何か面白い場所があるわけじゃないし、若い人が住むにはつまらないなって。でも岡山から帰ってきてみたら、「あれ?地元ってけっこう楽しいかも?」って。

──自分のなかで変化があったと。

岡山の人たちとの交流があったからかもしれないですね。たぶん、人との距離感が変わったんですよ。岡山では地元のおっちゃんやおばちゃんたちと喋らないといけないんですよね。東京だとその必要性がなかったんですけど、向こうだとそれをしなければ生活が成り立たない。最初は戸惑いがありましたけど、街に馴染むうちにだんだん心地よくなってきて。

_DSC6697

それで久しぶりに野方に戻ってきたら、街が変わって見えた。僕が距離をとっていただけで、みんなは僕のことを知っていたんですよね。声をかけてくれる人たちとの距離がうまく掴めるようになったことで、地元が好きになったのかもしれないです。

──「みんなは僕のことを知っていた」というのは?

実はこの場所は、祖父母が商売をしていた場所なんです。昔は「小川洋品店」という洋服屋さんでした。両親の代では継いでいないんですけどね。あ、母もこの店には毎日来てくれています。

小川さんの母親、みどりさん。子ども会など野方の地域の活動をしている。

小川さんの母親、みどりさん。子ども会など、野方で地域の活動をしている。

──なるほど、ではこのあたりの人に「小川洋品店の孫です」と言うと……。

「ああ、小川さんの!」ってなりますね。「そうでーす」みたいな(笑)。

──岡山での経験によって、時間はかかったけど自分のバックボーンに気づいたんですね。

そうですね。誰かと近くにいることが苦じゃなくなった気がします。それは野方にいただけでは気づかなかったことだと思いますね。

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