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ドットはノスタルジーの呪縛から逃れられるのか:「ピクセルアウト展」たかくらかずきインタビュー

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ドットはノスタルジーの呪縛から逃れられるのか:「ピクセルアウト展」たかくらかずきインタビュー
FEATURE
東京で起こっているハイパーローカルな動向を独自取材し、特集形式でお届け。
2016年2月19日
ドットはノスタルジーの呪縛から逃れられるのか:「ピクセルアウト展」たかくらかずきインタビュー
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取材・文_飯田ネオ、協力_武田俊

ファミコン「スーパーマリオブラザーズ」のマリオは、コントローラーの操作によって走ったり止まったり飛び跳ねたりする。それらは全て、16×16のドットによって表現されていた。その時代から、スーパーファミコン、PCエンジン、セガサターン、Play Stationと、ゲーム機の処理性能の進化を経て、グラフィックは格段に美しくなり、かつてのようなドット絵のキャラクターがゲームやグラフィックの一線に登場することはなくなった。登場するとすればそれは、「懐かしいよね」というノスタルジーをともなうものになったし、我々もそのノスタルジーを受け入れてきたはずだ。

今日、ドット表現を用いるアーティストは少なくない。たかくらかずきさんもその一人だ。彼が作ったドット絵のグラフィックは、アーティストのMVに登場したり、CDジャケットになったり、LINEのスタンプになったりと、各方面から高い評価を受けている。

 「www.takakurakazuki.com」のトップにあるイラスト。

www.takakurakazuki.com」のトップにあるイラスト。

そうした活動の中で、たかくらさんがこの2月から3月にかけて、中野区「pixiv Zingaro」で企画するイベントが「ピクセルアウト」だ。あの懐かしいドットでこんなに新しいグラフィック表現をする人たちがたくさんいますよ……、という趣旨かと思いきや、たかくらさんは「ドット絵=ノスタルジーじゃない」と断言した。「ピクセルアウト」が向かう先について、話を聞いてみた。

 「ピクセルアウト」キービジュアル

「ピクセルアウト」キービジュアル

ドット絵=ノスタルジーじゃない

──たかくらさんがドット絵を描くようになった背景には、どういう経緯があったんですか?

僕はそもそも解像度の高い絵を描いていたのですが、大月壮さんの仕事を手伝っていくうちにドット絵を覚えて、ちょっとずつゲームっぽい絵が描けるようになったんです。そもそもゲームが大好きだったのですごく楽しかった。でも、ゲーム会社で働いてるわけじゃないし、実際にゲーム用のドット絵を描いてるわけじゃない。表層だけをなぞっているというか、本質のほうは通過してないなという気持ちがどこかにありました。

だから、ゲーム絵っぽいドット絵の仕事ばっかりすることに違和感もありました。“ドッター”って言われることに「なんか違う」と思い始めた時期があって。

──ドッターというのはつまり、ゲーム制作などでドットでグラフィックを作る人のことですよね。

そうです。それで、僕はもっと新しい表現としての幅を追求していきたいって思い始めたんです。ノスタルジーっぽいゲームの絵を描く人として仕事をもらえるようになってきたんですけど、もっと絵そのものを追求したいと思い始めた。「辞めたい」っていうのともまた違くて、「ドット絵=ノスタルジーじゃない」って言えたらいいんじゃないかって思うようになったんです。

Processed with VSCOcam with f1 preset

──いわゆる、ノスタルジーの文脈でのドットのバブルが終わるから、他のことができないとやばいぞと。

いずれは終わるでしょう。もちろんドット絵の源流には初期PCゲームやファミコンのグラフィックなどがあるから、それはすごくリスペクトしているんだけど、それらがただのノスタルジーとして消費されはじめると、瞬間的なバブルで終わってしまう。もっと本質的な部分をリスペクトしたいなと思ったんです。

──表層ではなくて、ドットそのものを突き詰めたいと思ったんですね。

そもそもドット絵=ピクセルアートって、レトロゲームとかのノスタルジーというより、現行のデジタルメディア全般の話だと思っているんです。テレビでも、パソコンでも、映像を映すためのモニターは全てピクセルで構成されているわけですから。

もっといえば、ドット絵みたいに画像を正方形で区切って整列させていく図案っていうのは、デジタル以前の、織物とか建築、それこそタイル画だとかそういうものに源流があるんじゃないかと思います。だからどちらかというと、ドット絵をデジタルの伝統工芸のようにできるのではないかって思い始めたんです。

そういうものとして捉えた時に、すごく追求の幅が広がりました。そして、もっとノスタルジーから離れてピクセルでいろいろな追求をしている人を集めたいなと思ったんです。

何かを残すには思想がいる

──そういうことを考えるようになったきっかけみたいなものはあるんですか?

1年以上前からドット絵の作家たちを集めた展示をしたいと考えていたのですが、そんな最中、結構大きい規模でピクセルアーティストを集めた展示があったんです。かわいくて懐かしい、とても素敵な展示でした。でも僕がやりたいこととは違った。「こういうことがしたいんじゃない!」というのがすごく明確になりました。

Processed with VSCOcam with f1 preset

──確かに、ドットって「かわいい」、「懐かしい」で捉えられがちですもんね。

そうなんです。でもそれだけじゃ刹那的な祭りにしかならない。文化を定着させるには、ジャンル化・ハッシュタグ化された形容詞ではなく、明確な意志を提示して、反論されたり、比較検討されたり、議論されたりしたほうがいい。それが誰かにとって間違ったものであろうと、一貫した思想がいるなと思いました。

そのあと、今回「ピクセルアウト」にも参加してくれている安田(昂弘)さんの個展「share_me」(2015年12月・中目黒「voilld」にて開催)を見に行く機会があったんです。黒いインクを何回も重ねて印刷されたポスターで、写真で撮ると真っ黒なポスターなのに、現物は立体的なドットが浮き出ている作品でした。印刷も薄い立体だということに気づかされたんです。

2015年「share_me」

2015年「share_me」(「voilld」より)

彼はドッターじゃないのに、ドットに行き着いた。それが自分と重なったんです。表現をしていくうちにドット、つまりピクセルに辿り着いちゃった人たちって、結構いるんじゃないかなって感じたんですよ。

──なるほど、だから「ピクセルアウト」なんですね。

そうです、“ピクセルの外側”。

──この展示を行うことは、自身のドットでの作品制作に何らかの区切りをつけるという意味合いもあるんでしょうか。

う〜ん、先ほども言いましたけど、別に「ノスタルジックな仕事をやりたくない」ということじゃないんです。でも、そればっかりやってると麻痺しそうだし、研究対象としてもっと先がある気がするんですよね。これからもゲーム風のドット絵は楽しんで作っていける。今「ピクセルアウト」をやることで、新たなドット絵の可能性や意義が見つけられたらとは思っています。

 

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