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アーバンチル部出張編:夏目知幸とマキヒロチの歩く恵比寿〜中目黒

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アーバンチル部出張編:夏目知幸とマキヒロチの歩く恵比寿〜中目黒
FEATURE
東京で起こっているハイパーローカルな動向を独自取材し、特集形式でお届け。
2016年2月8日
アーバンチル部出張編:夏目知幸とマキヒロチの歩く恵比寿〜中目黒
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写真_下屋敷和文、取材・文_武田俊
代官山にて、
それぞれのルーツを振り返る

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夏目:代官山に入ってきましたけど、この辺は来ます?

マキ:たまにネーム書いたりしに来ますね。蔦屋書店が深夜までやってるので。

夏目:何度も聞かれてるとは思うんですけど、なんで漫画家になったんですか?

マキ:小学2年生のころ『聖闘士星矢』が好きだったんです。うちは親が離婚してるんですけど、お父さんが久しぶりに現れたとき「このごろ何が好きなの?」って聞かれて「『聖闘士星矢』が好き」って言ったんですね。そしたら何を間違ったのか、大量のBL本買ってきたんですよ。

夏目:え!(笑)。

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マキ:一人部屋でそれを見て、なんじゃこりゃって思って。そんな衝撃があったんですが、結論としては車田正美先生以外の人が『聖闘士星矢』描いてもいいんだ、って気がついた(笑)。それから自分で模写するようになって、ある日お母さんが「あんた絵が好きなら漫画家になれば」って一式セットを買ってきてくれたんです。

夏目:出だしからは想像できない、いい話だ(笑)。娘に必死で好かれようと思って、間違えてBL本を買ったお父さんも哀愁がある。

マキ:まんがの森に行って、「星矢」って書いてあったから買ってきたみたいでした。夏目さんはなんでバンドを?

夏目:僕は……、バンドが好きだから。

マキ:いやちょっと待って(笑)。最初にやろうと思ったきっかけはなんですか?

夏目:ギターを持ったきっかけは、ゆずですね。その後高校生の時に、GOING STEADY、NUMBER GIRL、くるり、SUPERCARが来た時代で、この世で一番かっこいいのは、バンドだという認識になったんです。それが強すぎたのかな。大学出て就職活動しようとなったときに「バンドやりたい」以外のアイデアがなくって。

マキ:なんでパートはギターなんですか?

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夏目:歌えるからですね。ほら、最初がゆずだから(笑)。でもきっかけって、本当にただただカッコいいと思ってたからだなあ。マキさんの音楽の原体験は?

マキ:私は、BUCK-TICK、ですね……(笑)。

夏目:BUCK-TICKのイメージはないですね(笑)。

マキ:よく言われるけど、好きでしたね。群馬行ってメンバーの実家巡りとかしてたくらい……。でも、夏目さんの音楽のきっかけがゆずってすごく好感持てますね。もっと洋楽がたくさんでてきそう。

夏目:僕らの世代、ゆず始まりが多くて。ceroも昆虫キッズもスカートも、みんなゆずやってたんですよ。ゆずは偉大。これが僕らの上の世代だとHi-STANDARDになりますね。

マキ:あ、わたしBUCK-TICKだけじゃなくて、ハイスタも好きでした! でも好きだから、っていうものですよね、バンドもマンガも。あとはどれだけ続けられるか。

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夏目:みんな辞めていきますからね。辞めようと思ったことありました?

マキ:実はそれがなくって。(笑)。『CAとお呼びっ!』の花津ハナヨ先生のところでアシスタントやってたんですけど、先生も大好きだしアシスタントも楽しくて、自分の漫画がでなかったら、ずっとアシスタントでいいなって思ってたくらいで。バンドだとどうですか? 「売れたい!」っていうより「好きな人にちゃんと届け」って感じ?

夏目:基本後者なんですけど、やっぱり多くの人に聞いてほしい。その可能性があるものを作ってるつもりです。でもある時、自分たちがバンドでやりたいことがなくなった危機の時代があったんです。バンドの問題というより、個人的になんとなく凹んでただけかもしれないですけど。その時僕辞めたいなあってちょっと思ってました。でも、次のアルバム本気で作ってダメなら辞めようと思った。そこでできたのが『AFTER HOURS』っていう作品だったんです。

マキ:街がテーマのアルバムですよね。どういうイメージでつくったんですか?

夏目:地元の浦安ってほとんど埋立地で、液状化が本当にひどかったんです。家の水が出ないから給水車がきて、トイレも大は都内に出てするくらい。ここもひとつの被災地なんだって思った。で、こんな地盤なんだから次に地震が来たら、恐らくこの街は原型を留められないだろう。じゃあ自分の好きだった街を音楽で記録しておこう、って思ったんです。だからあれはレクイエム。

マキ:それはバンド共通の気持ちだったんですか?

夏目:幸運なことに、地元で組んだバンドだったからみんな同じ気持ちになれて。あの時期のムードは特殊だったなあ。節電もあったからアコースティック編成でライブする企画も多かったり。逆に楽器さえあれば、どこでもできるって思えました。

 

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