下北沢の書店「B&B」を運営する、numabooks代表の内沼晋太郎氏が、映画配給レーベルをスタートさせた。レーベルの名は〈メジロフィルムズ〉。今年の8月に元アップリンクの松下加奈氏とともに立ち上げて以来、多方面から大きな反響を呼んでいる。その第1作目となるのは、12月公開予定の『A Film About Coffee』。サンフランシスコを拠点に活動するCM監督のブランドン・ローパー氏が手がけた、一杯のコーヒーを巡るドキュメンタリーだ。
作品内には、今のコーヒー業界の“顔”とも言うべき人々が多く登場する。ブルーボトルコーヒーのオーナー、ジェームス・フリーマン氏、スタンプタウン・コーヒー・ロースターズの生豆バイヤー、ダリン・ダニエル氏らの他、日本からはBearPond Espressoの田中勝幸氏、Fuglen Tokyoの小島賢治氏、Little Nap Coffee Standの濱田大介氏、そして大坊珈琲店の大坊勝次氏など、豪華な出演者が並ぶ。

日本国内の出演者陣。一杯ずつ魂を込めてコーヒーを淹れる仕草、表情は必見だ。(MotionGalleryより)
ローパー監督は彼らの言葉を紡ぎながら、バリスタ、バイヤー、ロースター、そしてコーヒー豆を生産する農家へと視点を移し、コーヒーカルチャーの輪郭を浮き彫りにしていく。“まるでコーヒーのような”と形容したくなる、まろやかで芳香な作品だ。
実は本作品の日本公開は今回が初めてではない。昨年9月以降に「自主上映」という形で何度か上映済みなのだ。
なぜ今回、内沼氏はこの作品を選び、配給すると決めたのか。そして、配給レーベルの立ち上げにはどのような心境があったのか。準備に追われる内沼氏の事務所を訪れ、話を聞いた。
「B&B」で気づいた、
出版業界と映画業界の共通項
──まずは、立ち上げの経緯について教えてください。
ぼくは「B&B」という本屋を運営していて今年で4年目に入ったんですけど、その中で出版業界と映画業界がけっこう似ているなと思うことが何度かあったんですね。
例えば両者とも業界としては厳しい状態にある。だけど、本の出版点数はすごく増えているし、映画の公開本数も増えてるそうなんです。本屋の数も減少していますが、同様に映画館の数も減っていて、でも本屋の面積は増えているし、映画館のスクリーン数も増えている。それはすなわち、街の小さな書店や映画館の減少と、大型書店とシネコンの増加なんですよね。

インタビューは9月中旬、試写会準備や告知活動で忙しいなか、代々木八幡の事務所で行った。
──確かに似ていますね。
そうなんです。資本を持つチェーンの大型施設が増え、作る側もたくさん映画を出す中で大ヒットを狙っている、というような……。状況が非常に似ていると感じたんです。
──そこから興味を持つようになったと。
そうです。最初は漠然と「B&Bのような映画館をやれないだろうか」と思ったんです。今東京で、30 坪の小さな新刊書店を、本の売上だけで人件費と家賃を払って成り立たせることは、はっきり言ってかなり難しい。なので、手間はかかりますが、配本は受けずにすべて注文で一冊ずつ選び、流通に乗っていない直取引の商品も積極的に増やし、本の品揃えに魅力を出しています。
その魅力ある空間を生かして、著者や編集者を招いたトークイベントを毎日欠かさず開催したり、ビール等の飲み物を販売したり、家具を販売したり、語学教室をやったり、本に関するテレビ番組や雑誌の企画に携わったり、リトルプレスの出版をしたりして、全体で相乗効果を出しながら成り立たせるのが「B&B」のモデルです。いわば、本屋をひとつのメディアとして、店そのものをひとつの商品として、育てながら経営をしているんですね。

下北沢の書店『B&B』。店内では連日、本にまつわるイベントが行われている。(「B&B公式サイト」より)
同じように、これからの小さな映画館も、映画を上映だけで成り立たせることはきっと難しいのだろうと。けれど、その映画館をひとつのメディアとして、場の魅力そのものを商品として、別のビジネスを組み合わせて育てていくことは、できるかもしれないと思いました。また、ぼくが以前に書いた『本の逆襲』(アイデアインク 朝日出版社)という本に沿って言えば、映画もまた広義の「本」かもしれない、と考えることもできます。
──なるほど。B&Bで培ったノウハウは、他の業態にも活かせるのではないかと。
そうなんです。少し事業計画を立ててみたり、物件を見たりもしました。けれど考えれば考えるほど、やはりそう簡単にはいかないということがわかりました。そもそも、ぼくは本のことは10年以上やってきてるんですけど、映画の仕事はまったくの素人です。そんな中で、この『A Film About Coffee』という映画に出会い、配給をすることに決めました。
──先ほど”映画業界と出版業界は似ている”という話がありましたが、「配給」という仕事を置き換えると「版元」に近いのでしょうか?
今回の場合は海外の映画なので、どちらかというと「翻訳書を出版する」という行為に近いかもしれません。洋書も、誰かが訳さなければ読むことができない。映画の場合はそこに「来てもらう」という点も加わります。本は取次流通に乗せれば全国の書店で取り扱ってもらえるし、インターネットで買ってもらうことができますが、映画は映画館で流してもらわなければ誰も観ることができませんから。もちろん最近はいきなりネット配信というやり方もありますが、ぼくたちはまずこの映画を、映画館で多くの人に観てほしかったので。
ざっくり言うと、まず映画を流すための上映権を買って、字幕や素材を作り、上映してもらえるように映画館の方々と話をして、宣伝をして、映画館に人が集まるようにする。これが配給の一連の仕事ですね。
──どういう形で収益になっていくんですか?
映画を観る時にチケットを買いますよね。その売上の一部が配給側であるぼくたちに入ってくるというしくみです。初めに上映権を購入していますし、上映にまつわる様々な宣伝や制作にコストがかかっていますから、たくさんの人にわざわざ来ていただき、観ていただかないと後が続いていかない、厳しい仕事でもありますね。