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〈東京、視線の片隅で〉第2回「不忍池弁天島の供養碑」

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COLUMN
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鑑賞池

August 2019

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2017年7月5日
〈東京、視線の片隅で〉第2回「不忍池弁天島の供養碑」
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文・写真_鑑賞池

おみくじを売っている女性に尋ねると、弁天堂の職員の方に取り次いでくれた。それによると、供養碑は寺が管理しているものではく、それぞれの団体が土地の管理者の許可を得て、思い思いに建てているとのことであった。戦後に建てられたものも多く、いわゆる「東京の歴史」として語られるほどのものでもないが、そのぶんどれも自由な形をしており、存在に気がついた人々の目を楽しませている。

聖天島。詳細は省くが実は寛永寺よりずっと古い歴史がある。今は聖天(ガネーシャ)が祀られている。

誤解を恐れず言えば、こういった供養碑は(現在広く知れわたっている定義での)「ゆるキャラ」に近いのではないか。そう考えると、ゆるキャラは逆説的に「八百万の神」的な概念が作ったもののように思えてくるから不思議である。はたして、ゆるキャラが崇高なのか、それとも八百万の神がマスコット的なのか。

さて、前述したとおり、映画の冒頭にある「豚塚」は弁天島には存在しなかった。そして全国的にも豚をまつった慰霊碑はあまり見当たらないようである。しかし調べてみると、遊女の投げ込み寺として知られる三ノ輪の浄閑寺に「豕塚(いのこづか)」というものがあるそうで、後日見に行ってみた。

新吉原総霊塔。

浄閑寺は今や本堂が鉄筋コンクリートになってしまい、さして風情もないが「新吉原総霊塔」という吉原の遊女を弔塔があることで知られている。かつては永井荷風も通ったそうだ。遊郭関連については興味をもたれる方も多く、ネットにもたくさんの情報があるだろうからここには詳しくは書かないが、なかなか面白い話が多い。豕塚は山門近くにまるで朽ちているかのように佇んでいるが、よく見ると猪の絵が彫ってあり、なかなか愛らしい。なんでも防火のまじないとして吉原の大門のそばに飼われていた猪を弔ったものだそうだ。

豕塚遠景。

豕塚近景。寄ると毛の風合いがわかる。

廓噺を題材とした傑作「幕末太陽傳」の監督でもある川島雄三ならば、きっと浄閑寺のことも知っていただろう。かと言ってメロドラマを嫌った彼は、そこから吉原関連の史跡ではなく、ユーモラスな豕塚と前述の鳥塚をミックスして、豚供養を執り行うシーンを「喜劇とんかつ一代」の冒頭とした。そんな着想を彼がしていたとしてもおかしくないと私は思う。

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